Fire Walk with Me. | The Article Contributed.

top-news-owaribi2016

02 / Hiroshi Tomii

富井 弘

名寄の冬の尊さに思う

 私が初めて名寄の冬に出会ったのは、今から約21年前。たしか1月下旬だったと思います。夜10時ごろ街へ散歩に妻と二人で。気温は-25℃くらいまで下がっていたでしょうか。名寄川に向かって歩いていたら、町の街灯がぼんやり丸く大きなボールに包まれていました。えっ?と思ったのです。それはとても美しく、すごく神秘的でした。こんな光景は今まで見たことも聞いたこともありません。なぜそうなるかはわかりませんが、気温が低く空気が乾いているために現れたのだろうと思います。日本にこんな場所が、そしてこんな寒さがあるなんて、考えもしていませんでした。さらに名寄川に近づいてみれば、川面も凍りついていて、またまたびっくり。川が凍るなんて、カナダ北部、シベリア以外はないと思っていました。そんな寒さの中で町を歩き、帰って家で飲んだコーヒーのおいしかったこと。今でも忘れられません。

 
 私は長野の野沢温泉スキー場がある村から引っ越してきました。もちろんその村も寒冷の地ではありますが、名寄では今までの冬とはまったく違う冬に出くわした訳です。

 名寄は「雪質日本一」とうたっております。たしかにとても良い雪質ですね。-20℃を割ると、スキーも少々すべりが悪くなり、ワックスを塗らないとダメです。こんなことはヨーロッパでも標高2,500m以上の高地ででもない限りは稀にしか起きません。驚きでした。ピヤシリスキー場の中間より上部から見られるサンピラー。これも名寄を中心とした道北の内陸にしかまず現われないと思います。本州ではその言葉を聞いたこともありませんでした。さらにダイヤモンドダストは、自分の家の窓の外でも見ることができます。

ランドセルを背負った子供たちも、キラキラ光っているダイヤモンドダストの中を学校へ。彼らは寒さには強いですね。

 
 ピヤシリのスキー場は、標高が200mから674mで標高差約474m、長さ約2.2㎞、幅約1㎞の小さなスキー場です。林が多く残されていて、南に向いた斜面は北風を、コースの周りの林は西風を防いでくれて、粉雪の状態が保たれています。新雪20cmくらいまでならほとんど抵抗なく滑れるので、都会から来たスキーヤーは自分は上達したのだと思って帰っていき、ホームゲレンデで滑ってみて、「ああ、やっぱり雪質の良さで……」と、そんな話をたくさんの人から聞きます。

 さらにこのスキー場の魅力は、リフトの上から見る景色でしょう。雪が降った後の青空の下での霧氷の美しさは、たとえようがありません。キラキラと光っているダケカンバやミズナラの大木。本当にスキーヤーにしか見ることのできない素晴らしい世界です。その上、リフトを降りれば素晴らしい新雪を滑るという最高の楽しみが待っているわけですから、心はいやがうえにも躍ります。

 
 また、私は斜面が南向きのスキー場にも驚きました。本州では考えられません。太陽がサンサンと当たっているのに粉雪が保たれているのです。日本では一番北の方にあるため北風も強く、日陰だと寒い。したがって南斜面だというわけですね。そういえば北欧の国フィンランドエバニエミ(サンタクロースのふるさと)にあるスキー場もやはり南向き斜面でした。やはり寒さと北風のためだと思います。それぞれの地方での知恵なのですね。

 私は名寄に来てから、小学生を中心とした子供たちを二年に一度、ヨーロッパへスキーに連れて行っています。その子たちが3,000m級の山を滑っていて、「ピヤシリスキー場のほうが、雪質はいいね」と素直に洩らしているのを何回も聞きました。今までは標高が高いから雪質は良いという思い込みがありましたが、そうとばかりも言えませんね。自然は、数字や常識では計り知れないものなのです。例えば名寄市は緯度としては、オーストリア、スイス、イタリア北部などよりも低いのですが、シベリアからの北風や流氷のおかげでそれらの地にも勝る寒さが下りてくるのです。長野の冬しか知らなかった私は、この名寄の冬はとても新鮮で大好きです。多くの人たちにこの-20℃以下の世界を味わってほしい。ここに暮らしていると心からそう思います。

 雪国の多くの人たちは冬について、「雪ハネが大変でイヤ」「夜が長くて滅入る」などと言います。しかし冬に対する見方を変えてみてはどうでしょうか。間近で霧氷やダイヤモンドダストを見ることができるのは、厳しい寒さの贈り物です。一日の日照時間にしても、名寄では夏は約16時間30分なのに対して冬は約9時間。一年でこれだけの差が出てくる土地は日本では道北以外にはまずないでしょう。それだけ劇的な体験がこの土地には待っているのです。また町の中をおばあさんが「ソリを引いて買い物へ」、これも雪国ならではの珍しい情景。とても微笑ましいです。必ずやってくる冬、色々な角度から見て楽しむとしましょう。

 
 そうそう、道北ならではの風景をもう一つ。晩秋の名寄、11月に入ると名寄川の支流の十線川にサケが遡上してきます。もちろん名寄川にも上ってきますが、手の届くところで産卵するサケを見ることができるのはこの十線川の下流です。ここで生まれて海へと泳ぎ出し、年を経てここにまた戻ってきて、そうして同じ営みが続けられていくわけです。自分の生まれた川の水を覚えていて、ちゃんと同じところに戻る。自然とはそういうものなのですね。私たち人間もその自然に逆らわないで、自然を壊さず、楽しんで生きていくことが大切なのでは。サケの姿を見ていると、そんな想いが湧きます。

 自然の中で、楽しく、自分らしく。それを十分に考慮しながら、名寄での暮らしを続けていきたいと思います。

The Article Contributed

西山 繭子

01/Mayuko Nishiyama

女優としてTVや映画、舞台などで活躍する一方、多くの小説を発表。主な著書に『色鉛筆専門店』(アクセス・パブリッシング刊)、『しょーとほーぷ』(マガジンハウス刊)など。

富井 弘

02/Hiroshi Tomii

伝説のアルペン王トニー・ザイラーとの交流でも知られるスキーヤー。還暦を機に名寄市に移住、80歳を過ぎてなお「富井スキースクール」校長としてスキーの魅力を伝え続ける。

数井 星司

03/Seiji Kazui

札幌市出身。個展の開催や、海外での作品発表など精力的に活動する写真家であり、アートディレクターとして企業や自治体などのデザインプロジェクトも広く手がけている。

赤松 祐一郎

04/Yuichiro Akamatsu

大学卒業後、大手ビールメーカーに就職。生活を見直すために脱サラして北海道に渡り、現在は車中生活を送りながら“バンライフ北海道”の名で北海道や車中泊生活の魅力を発信中。

栗岩 英彦

05/Hidehiko Kuriiwa

二度にわたる世界一周など各地を放浪する旅の後に下川町に「レストラン&カフェMORENA」をオープン。旅の記憶を描く絵画の制作活動を続け、道内外で個展も開かれている。

星野 智之

06/Tomoyuki Hoshino

月刊雑誌「東京カレンダー」編集長などを経て、2019年6月に美深町紋穂内地区に3室だけのホテル「青い星通信社」を開業。主な著書に短編集『月光川の魚研究会』(ぴあ刊)など。

Northern Mode
Scroll Top