天塩川は哲学の川。
シンプルに向き合える。
ウォーミングアップを終えて、天塩川に4艇のカナディアンカヌーがそろりと浮かぶと、ガイドは人差し指を水面に浸し、くるくるとかき回した。「水のリズムとひとつになれるように、川にご挨拶を、ね。」初秋の天塩川は静かだ。クルー全員の「ご挨拶」が渦をまき、互いにぶつかりながら、遠くに及んでいくのを見届けると、さっそく川下りが始まった。パドルが水をとらえる感覚をじっくりと味わい、
川とカヌーと自分の一体感を模索しつつ、ゆったりと前に進む。漕ぐことに集中していると、ガイドが「あ、ほら、オジロワシですよ」と視線を周りに向けさせてくれて、とてつもなく大きな自然の中にいるのだと「はっ」と気づく。そんなやりとりを何度か繰り返しているうちに昼食のスポットに到着する。全員で食べる最初の食事は、秋鮭ときのこのホワイトクリームのパスタと、採れたてのトウモロコシ、パプリカと玉ねぎのスープ。目の前には豊かな川と、静かな水面にくっきりと映る木々。午前中に見た生き物と植物と空と山と、乗り越えた川の流れと瀬と岩について語り、この数時間の出来事を改めて咀嚼してから、スープと一緒に飲みくだす。
腹ごしらえをしたら、心地よい軽い眠気とともに再出発。緊張が解け、パドルさばきもこなれて、代わりに仲間との会話が増えてきた。わいわいと冗談を言い合いながら進むこと数時間。途中で中洲に上がって夜のための焚き木を拾い、全員のカヌーに乗せてさらに前に進む。
一仕事終えるとさっきまでの盛り上がりは消え、周りの光景を見つめて、匂いを感じ、もくもくと手を動かすフェーズに入っていった。うっそうとした木々の間に横たわる、太く、うねる川。ガイドが見計らったかのように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
天塩川は、北海道の他の川に比べると
決して華やかではないんですよ。
だからこそ自分と自然とに、
シンプルに向き合える。
哲学の川という人もいますから。
カヌーの上に仰向けになって空を眺めると、雲と自分が同じ速度で進んでいることに気づく。遠くの瀬から聞こえる水音と、カモが飛び立つ音、木々を揺さぶる風の音の中に、自分の呼吸が溶け込んでいることに気づく。カヌーと川が「そんなに力むなよ」と言ってくれているみたいだ。太陽の日差しがまろみを帯びてきたのを
肌で感じていると今日の野営地に辿りついた。ほうっとため息をついて岸辺に降り立ち振り返ると、そこにはたくさんの焚き木と荷物を乗せたカヌーが浮かんでいた。その表情は朝とはまったく違う、川での生活感をまとって、同志のような顔してたたずんでいた。
自然は思い通りにならない。
だからこそ見える世界がある。
午後4時。日中の遊びのテンションを引きずりながら野営地に辿りつくと、少しだけ頭を仕事モードに切り替えて周りをざっと見回した。居心地がよさそうな場所に焚き火場を。風向きに配慮しながら大きめのタープとテントでリビングを作る。自分の好みの場所を探りテントを張って
今日のホームが定まると、まだ黄色い夕焼けに向かって乾杯の声をあげた。冗談とも本気ともつかない「シェフ」と呼ばれる人物が、飲み始めた怠けものに下ごしらえの仕事をふり、自分は家から仕込んできた羊のスモークとオリーブ、ピクルスを小さなピックにさしてウッドボードに乗せていく。エゾシカの生ハム、サルシッチャ、仔羊の骨付きラム。地元で仕入れた食材が次々とテーブルに乗り、夕日が入る数分だけ手を止めて山際を見やると、また酒と料理に集中する。焚き火の炎と煙がスパイスになる肉は圧倒的にうまい
宴が始まって2時間、急に雨が降り始めた。「すぐにやみそうだな」とつぶやきながら、ゆったりと、でも手早くテントに移動して一時避難。雨の音を聞きながら、ランタンの明かりだけで狭い空間に入ると、互いの距離がぐっと近づく。大きな笑い声が低く響く小声に変わって、話のテーマも一瞬、深まりをみせる。キャンプのおもしろさは、こうやって時間を追うごとに関係性が濃くなっていくことだ。
初対面同志はもちろん、既知の仲でもふと「出会い直す」ような瞬間がある。雨があがると、全員が椅子の背もたれにぐっと身体をあずけて、星が瞬く漆黒の空を仰いでいた。男ばかりでメルヘンもないのだが、やっぱり、流れ星を見つけると声を上げてしまう。話が沸き上がるのも沈黙が訪れるのも、ごく自然。いつのまにかなんの気構えも遠慮もいらない、静かに互いをねぎらうような関係性になっていた。
朝、6時半に目が覚めると、もう火を起こしているメンツがいた。ぼんやりとした頭と顔で焚き火の前に立つと、どこからともなくコーヒーの香りが漂い始める。なににも代えがたい、至福の時間。カップの中の熱いコーヒーをしげしげと眺めてからすすって、少しずつ頭と身体を立ち上げていく。
ぽつぽつと話される会話を聞いていると、写真が趣味の数人は、1時間以上前に日の出と朝霧を撮りにカヌーに乗り込んだらしい。「あいつらは疲れを知らないなぁ」なんて笑っていたけれど、空を仰ぎながら伸びてみたら、いつもより呼吸が深く、肩のあたりがすっきりしていることに気がついた。
自然はこちらの思い通りになどならない。
だから、そこに自分を委ねるしかない。
でも、委ねて自然に抱かれて眠ると、
ご褒美にいろんなものを洗い流してくれるらしい。
威厳すら漂う一級河川の天塩川を、カヌーイングしてキャンプをする1泊2日のコース。
ゲストも一緒に食事や設営の準備をすることで水辺の暮らしを体験し、この土地をじっくり味わっていくスタイル。
その中でもガイドの的確で上質なサービスにより、ワンランク上のアウトドアを体験できる。
ガイド:リバートリップキャメル 辻 亮多
アシストガイド:戸谷 岳人
料理コーディネート:(株)東洋肉店 代表取締役 東澤 壮晃
テキスト:(株)Dkdo 黒井 理恵
撮影:seijikazui
企画・運営:DOHOKUEXPLORE
リバートリップキャメル
道北・天塩川や朱鞠内湖などをメインフィールドにカヌーやドリフトボードなどの川下りツアー、キャンプツアーを企画・コーディネート、ガイドする。希望や目的に応じたオーダーツアーも可能。
北海道中川郡美深町東6条北1丁目293-15
TEL:01656-8-7037
MAIL:info@camel-trip.biz
http://camel-trip.biz